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2013年9月 1日 (日曜日)

考察

2013年の季節の変わり目、太陽を何周も何周もしている。深い考察とは裏腹に、うすい水面をすくっては撒いて、すくっては撒いてという毎日の感じ。

今年の僕は何かうまくいかず、目標としていることをやり終えないかもしれない。

目標としているのは、音楽作品だ。

何かに巻かれて、それをほどくようにスラスラと進んで行けば、きっと幸せなのかもしれない。

焦りは手元を狂わせる。

黙って真面目にやるしかないのだよ。


今年に起こった出来事を折り返し地点としてまとめてみる。

Qomolangma Tomatoが「カジツ」を出したのが2012年4月だったから、もう1年半くらい経ってしまった。2013年春先に、「PUBLIC NOISE FADE OUT」を3度やれたのがよかった。

「6人編成」でライブをしたのはバンドの可能性を広げてくれた。率直な自分の感覚で言うと、自分の曲とオグのアレンジがめいいっぱい広がったって気がした。ボーカルとギターが、増えたわけだから。それに対して、4人で何をやるかってことに困ってしまったのかもしれないね。今、曲を作れないのはそういうことなのかもしれない。それとも、もともと今のメンバーで4人でやる必要性がないのかもしれないね。(実際はエゴがまとまり切ってないだけだけど)

創作期間てのは、もう期間を決めてしまったほうがいいのかもね。


「石井ナルト」としての活動。有名な芸術家みたいに適当な生活がしたい自分が、有名な芸術家にもなれずに適当な生活をしている。

ひとつわかったのは、有名な芸術家は適当な生活なんてしてなかったってこと。10年くらいバンドをやってて多分、そうだと思った。だから、僕の「ネタのないパブリック」という曲は20歳前後の視点なんだなぁと思った。

最近、僕は「石井ナルト」としての活動をしている。ギターもろくに弾けないのに、ミュージシャン気取りの自分がやることだから、苦難の道だと知っているが、これがなかなかやってて面白い。

引き込みたいのか、盛り上げたいのか、全く定まっていない感覚の不細工な自分が手に取るようにわかる。そりゃ、バンドの中で舵を取る感覚ってのはそこそこ身についてきたけれども、1人で人と対峙するには僕は全く至っていない。

しばらく、トラックを作りサンプラーでライブもして来たが、それはVJとやっていく一つのカタチにしていこうと思う。

僕はもっと人と対峙してみたい。

きっとすごく無力なのだ。

あんな人やこんな人に比べて、まだ何も出来ていない。

「8mm」
WASHIOTOMOYUKI に撮ってもらった8mmカメラ質感。フィルムってのはだいぶ面倒くさい工程らしい。MVとか、アー写とか何かできるかもしれない。8月の終わりにこういう充実を味わった。誰かにフォーカスされてこそ、客観的な自分てわかるよね。

さっきの続きになるけど
今年中に絶対なんか作るよ。
今の自分で!!

Img8951_6


「スケッチ」
8月の初旬にリリースした。POP GROUPのコンピに入れた曲で、サンプリングしたトラックにリリックを乗っけた曲。ライブ会場でも売ってる。


「石井ナルト+石塚俊」
ライブの映像演出をする石塚俊氏と、この間はじめて一緒にライブをした。これは僕のトラックとリリックの世界感にうまくマッチした、かなり引っ込み系のライブをすることが、出来た。脇田くんとやったRAINY RENINEに近いと思う。


0823

「東京に住む」

2012年の10月くらいから、都内に引っ越した。それまではギリギリ神奈川だった。
もともと横浜の人間なもので、都内にいないという事が1つのアイデンティティだった。
しかし、こっちに越してみるとはるかに便利だ。友達も多い。なんでもできる。
退屈な暮らしの中に、必死になって面白いことを探してたことを忘れてしまいそうだ。

今までが馬鹿みたいに、エネルギーが要らない。
満足して死ねる気がする。
そんなとこか。

きっと、血に植えた若者の乾いた拳には勝てない。

オレは利口にはならないぞ。

「嘘がばれる」

今年は、これに労力をさいてしまうのはしょうがない。
人は正直に生きた方がいい。
フォローには100倍の力を要する。

自己責任。

「生きるか死ぬか」

映画の中にいるのかなって程、非現実的な現実がやってくる。
それは人生なんだからそうなのかもしれない。
たとえば、今までどうしても分かり合えなかった人間と自分には、そういった溝があったのかもしれない。

誰かを助けたり、乗り越えようとする気持ちが今までとは違ってくる。

何を望むか?
体当たりになってくるんだな、行動が、時間の使い方が。

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